契山館 千葉分会ブログ

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日本のことばと霊性

【投稿者:いちか&ばちか】

日本の美しい言葉に最近何故か惹かれている私達ですが、今日はこんな言葉を見つけたので、少しお話してみたいと思います。

 ■たまゆら https://dictionary.goo.ne.jp/jn/138905/meaning/m0u/

勾玉が擦れ会う、僅かな音とか、かすかな時間といったような意味です。

 

日本の古典を探してみると、日本人ならではの素晴らしい感性の言葉に、思わずふんわりとした気分になります。

言葉に出来ないような想い、言葉に出来ない情景を、昔の日本人は実に巧みに表現していたと感心してしまいます。

こうした言葉に日本人の古き良き時代の霊性を垣間見る気がするのです。

今はもう、残念ながらそうした美しい語感といったものも、欧米文化の到来で、大分失った日本になってしまったような気がします。

言ったもの勝ち、やった者勝ち、他者よりも、多く取った者勝ち。

欧米文化は、日本人を肉体として強化してくれたのかもしれませんが、それと引き換えに捨ててしまった霊性は、とても大きいような気がしています。

欧米文化の波に飲まれて、自分が何者なのかも見えなくなってしまった時代に気が付いた方々、私達と一緒に、少しだけ振り返ってみませんか?

ここには、言葉に出来ない想いを、神伝の法と言う修行法によって、表現されようとする、指導霊の姿があります。

 

指導霊 - 死後の世界から人々のために (MyISBN - デザインエッグ社)

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まだ、日本人が、日本文化の中にばかり居た頃、そこには指導霊の姿が確かにあったのでした。

だからこそ、昔の日本には、もっとずっと現代より霊的な世界が、包み込むようにふんわり大きく広がっていたのでした。

美しい語感の古語は、そうした指導霊と共に綴られていたのでした。

皆さんにも、ぜひそうした美しい情景を、指導霊の方々とご一緒に、千葉分会で体感していただきたいと思います。

 

 

 

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