契山館 千葉分会ブログ

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ガン細胞

【投稿者:チビクロ】

許さない心というのは、「被害者意識 」によって生じる、
人間心理のことです。

もし自分に責任があるのであれば、たとえ窮地に追い込まれたとしても
「大変だ」という思いは生じるかもしれませんが
「許さない」とはならないのではないかと思います。

そうなった責任が自分にあるからです。

ということは、「許さない」という心情は、「自分には責任がない」という心理を
表現しているのかもしれません。

たとえば自分がガンになったとします。

「許さない心」は当然ガンも許しません。

自分は悪くないのにガン細胞が自分の体を攻撃しやがって、という思いから徹底的にガンを退治しようとします。

病院に行けば、ガンを退治するためのいくつかの方法を提示されます。

手術、抗がん剤放射線

いわゆるガンの「標準治療」の中からガンの治療法を選ぶことになります。

患者は、医師から提示された治療法を疑念を抱くことなく受け入れることになります。

実際には、私たちはタバコの喫煙や食生活で、発がん物質を体内にとり入れるなどのことを長期間続けた結果、ガンになったのかもしれませんが
そのことを棚に上げて、
「がん細胞め、こん畜生!」と怒っているのです。

この「許さない心」が被害者意識です。


ガンというのは物質科学の対象ですので
ここで少し「ガン」について考えてみたいと思います。

ガンは本当に人間の敵なのでしょうか?

これは、当たり前すぎて誰も考えたことのない質問かもしれません。

ですが、もし人間の細胞ひとつひとつに意識があったとしたら
がん細胞は、どんな意識で、通常細胞はどんな意識と考えられるでしょうか?

がん細胞は、もともと正常細胞の一つでした。

それが、体に毒(発がん物質)が回ってきて、だれかがそれを止めなければ
体全体が死んでしまうという状況に追い詰められます。

もちろん、その責任は体の所有者である私たちにあります。

ですが、そのまま放置はできません。

正常細胞の中で、愛と犠牲の精神に満ちた勇敢な細胞が名乗りを上げます。

「私が犠牲になって毒を飲みこみます。

 みなさん(他の細胞)は毒を避けて体を守るために努力してください。」

そうして一部の勇敢な細胞たちが毒を一手に引き受けます。

そして自分自身(の遺伝子)を破壊してしまうのです。

これが、がん細胞の予備軍です。

この勇敢な細胞たちがいなければ、体はとっくに死んでいました。

ですが、この段階ではまだ残りの通常細胞たちが、頑張って体の免疫力を高めようとします。

ですが、毒が多すぎて、残りの通常細胞の手に負えなくなると、新たな通常細胞が名乗りを上げます。

「私が犠牲になって毒を飲みこみます。
 みなさん(他の細胞)は毒を避けて体を守るために努力してください。」

これを延々と繰り返した結果、がん細胞は増え続ける結果になり、
遺伝子が壊れたがん細胞は自力では抑制できず、無限に増殖し始めることになります。

それでもなお増え続ける毒を止めるため、その危機を体の所有者に伝えるため、
がん細胞は最終手段で体を攻撃し始めるのです。

そのころになってようやく体の所有者が異変に気付き病院に行きます。

そして医師から標準治療を提案され、憎きがん細胞を除去することになります。

そして自分には責任がないと考えて従来の生活を続けていくのです。

がん細胞は、最終的には人間の体を攻撃することになります。

ですが、最初はそうではなく、人間の体を守るために
自分自身をも犠牲にした愛と献身の塊のような存在だったのかもしれません。

その愛と献身を一度たりとも考えたこともなく、延々と犠牲を強いてきた結果、
やむを得ず自分の体を攻撃する段になったら今度は「敵」とみなし、
自分はガンの被害者と考え、どうやってこの敵を除去しようかと
考え始めるのが人間なのです。

 

言い方を変えれば、

許せない心をもった(被害者意識が強い)人というのは
「恩には鈍感で、恨みには敏感」
ということなのです。

 

このがん細胞と人間の関係を擬人化してみた時、心にふつふつとわいてくるのが、

人間のことを心から愛し、真の幸福を願っている
守護霊、指導霊、龍をはじめとする高級霊魂と、人間との関係です。

人間を守るために、目に見えない世界で高級霊魂方が自分を犠牲にした愛と献身をされていることを人間は知りません。

それでも自分を省みることなく、毒(霊的カルマ)を作り続ける人間を本当の意味で不幸から救うために、

個人の人生においても、霊的カルマの解消のために、

あえて過酷な状況で放置されることもあるかもしれません。

それを、人間は「悪魔の所業」と騒ぎたて「神も仏もあるものか」と考えるのです。

真実は、その毒こそが「無神論」であり、目に見える世界がすべてであるという
「科学信仰」なのです。

人間がこの霊的な2大発がん物質を摂取し続ける限り、高級霊の愛と献身を知ることもなく、霊的カルマを増やし続けることになります。

ですが、もしかすると人間から見て鬼か悪魔に見える存在こそが
本当の意味で人間を愛してくれているのかもしれません。


水波霊魂学の著書には次のように書かれています。

「日本においては、『スサノオ』という乱暴な神の神話があります。

 スサノオは本当は貴い神なのですが、神話では乱暴な神です。

 西洋に置きかえれば堕天使にピッタリです。それを考えれば、悪魔こそが、

 この国において最も適切な救いの神の称号かもしれないのです。」

「この時代においては、天照大神や天使よりも、暴風神や悪魔、

 堕天使に仕える霊魂こそが、本物の高級霊なのです。」

(『真実を求めて-悪魔の霊言を知る-』P.154)

 

絶望の中に光を、憎しみの中に愛を、悪魔の中に高級霊の姿を見ることができた時

人は初めて「許さない心」を手放すことができるのかもしれません。

 

真実を求めて - - 悪魔の霊言を知る - (MyISBN - デザインエッグ社)

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