契山館 千葉分会ブログ

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これからの葬儀やお墓の在り方

【投稿者:ひふみ】

お墓について、皆さんはどう考えていますか?

霊魂学を学んでいる私としては、個人的には、
(べつにいらない)と思っています。

お墓に入るのは、地上で使い古した肉体の一部である ” 骨 ” であって、
自分自身はあの世に行くわけですから、墓に執着する気は
さらさらありません。

私自身の骨は何か使い道があればいいようにしてください、とさえ思います。

でも、人の骨がその辺に転がっていたら、気持ちがいいものでは
ないし、骨壺をいつまでも家の中に置いておくのもどうかと思うので、

生きている人達にとって迷惑なら、
やはり墓に収納してもらうしかないのだろう、と思います。

今は、樹木葬や海に散骨、という方法もありますし、
海外では何体かの人骨を集めてダイヤモンドを作る会社もあるそうで
ビックリ!です。

そうなると位牌ではなく、宝石を見て先祖を偲ぶことになるのでしょうか。

 

最近では檀家が減ったり、管理できずに墓が荒れたり、
墓じまいをする家もあったりで、
やっていくのが大変なお寺さんもあるようです。

私の実家が檀家になっているお寺は、
しばらくぶりに帰省したところ、住居兼寺にはもう、住職一家は住んでおらず、
マンション住まいをしていて、

葬儀や法事に呼ばれた時だけ出向いて役目を果たし、
いつもは違う仕事をしている、とのことでした。

違う仕事が本業で、葬儀や法事が副業になっているようです。

 

特に田舎の方の、代々続く家の墓の管理や、先祖の法事は大変です。

私の実家のあたりは昔、亡くなってから50回忌までやるのが習わしでした。

先祖といっても代々の夫婦だけではなく、子供で亡くなった人、
実家の外で一人暮らしをしていて亡くなった人、さらには使用人も入っています。

そこで50回忌までやるとなると、毎年誰かの法事があるのです。

大変なので家族だけで簡単に済ませることもあります。

それでも、供養の効果が実際にあれば良いですが、
ないならやっても仕方がありません。

こう言うと、「法事は生きている人たちが故人を偲ぶため、
また、仏教の教えに触れるため。」と返されそうですが、

「法事でなくても故人を偲ぶことはできます。法事の霊的な効果など、
霊魂学的に見たらどうなのか。」と反論したくなります。

 

私自身は、先祖代々の墓にこだわる必要はない、と思うのですが
昔からの慣習ゆえ、そんなことを言うと周囲と大喧嘩になりそうなので
今は口が裂けても言えません。

それでも、檀家の減少、色々な葬儀や墓の登場、法事の回数が減っているなど、
在り方が少しずつ変化してきていると思います。

これも時代の流れなのでしょう。

 

今後、霊魂学を学び、他界後の人生までを考える人が増えたら、
墓や葬儀についての考え方が、もっと変わってくるかもしれません。

 

葬儀や法事が、霊的に高級な存在を呼ぶ場になれば、
本当の意味で、亡くなった人にとっての救いとなり、
生きている人にとっても、
高級な幽気を受けられ、ありがたいことです。 

霊的に意味のある葬儀や法事になって欲しいものです。

 

葬儀やお墓ついて、以下の本を読まれて、改めて考えてみてはいかがでしょうか。

Q&A方式で、分かりやすく書かれています。

 

先祖の供養等については

『霊魂に聞く』 - この世の人達が知っておきたい霊学宝典 (MyISBN - デザインエッグ社)

霊魂に聞く - この世の人達が知っておきたい霊学宝典 (MyISBN - デザインエッグ社)

仏教や法事、墓などについては

『霊魂に聞くII』 - 宗教について高級霊魂は何を語るのか (MyISBN - デザインエッグ社)

霊魂に聞くII - 宗教について高級霊魂は何を語るのか (MyISBN - デザインエッグ社)