契山館 千葉分会ブログ

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コンゴの「真実」

【投稿者:チビクロ】

藤永茂 「『闇の奥』の奥」 三交社

以下、書評となります。

かつてベルギー領であったアフリカのコンゴでは、
ベルギー国王レオポルト2世の経営する無数の大規模ゴム農園で、
黒人が凄まじい奴隷労働を強制されました。

この奴隷農園を経営していた実働部隊が、A家とその盟友・B銀行です。

本書p28には、A家によって手首を切り落とされた
黒人の少年の写真が載っています。

黒人には1日に採集するゴムの量が1人1人割り当てられた。

1日でもその割り当てノルマが達成できないと、
A家はその黒人奴隷の手首をオノで切断し、制裁を加えました。

相手が少年であっても容赦はされませんでした。

本書に掲載されている写真が残されている事は、
「写真という技術が登場し、しかもアフリカの奥地にまで持ち込める
携帯用のカメラが開発・販売されるようになった、つい近年まで、
A家による黒人奴隷の手首切断が実行されていた」
事実を示しています。

ベルギー王国とA家による、この黒人・有色人種虐殺の犠牲者は、
数百万人に上ります(p33)。

本書p79にも、切り落とされた黒人奴隷の手首を持つ
黒人の写真が掲載されています。

A家は、逆らった黒人、病気・ケガで働けなくなった黒人を射殺する事を
農園の監督人に命じました。

しかしライフル銃の弾丸を節約するために、
殺害に使用した弾丸の数と同一の数の黒人の手首を持ち帰る事を
監督人に要求しました。

殺害された黒人1名につき弾丸1個しか使用してはならない、
という弾丸の節約命令が出されていたのです。

黒人の命より、弾丸1個の方が「もったいない」という事です。

一方、監督人は木の棒等で黒人を撲殺し、弾丸を未使用のまま残し、
「黒人が逆らったので銃殺した」とウソの報告を行い、
弾丸を銃器販売店に「横流しし」、その利益を「小遣い」として
着服する事が常態化していました。

つまり逆らってもいない黒人を撲殺し、弾丸を横流し販売する事で
「小遣い」を得ていたのです。

A家の監督人達は、ビール1杯を飲む小銭のために、
逆らってもいない黒人を殴り殺し続けて来た事になります。

このベルギー国王とA家の行った大虐殺を知り、
写真を撮り世界に知らせた勇敢なジャーナリストが三名居ました。

最初の告発者ワシントン・ウィリアムズは、
わずか32歳の若さで何者かに毒殺されています。

盟友の毒殺にも屈せず政府とA家の告発を行ったジャーナリスト、
ロジャー・ケースメントは「国家反逆罪」で、
ベルギー政府の手で逮捕され「絞首刑」となり処刑されています。

3人目のE・D・モレルも逮捕され、
ケースメントと同一の刑務所に収監され、出獄後、病死しています。

こうした写真は、この勇敢なジャーナリスト達が自分の命と引き換えに
撮影してきたものです。

本書p142には、南アフリカで絞首刑にされ、
「さらし者」にされている3名の黒人奴隷の
木に吊り下げられた死体の写真が掲載されています。

裁判等抜きで、白人が気に入らない黒人を自由にリンチ処刑し、
リンチにされた黒人の姿を
「満足気に葉巻を吸いながら眺めている白人達の姿」も撮影されています。

有色人種をリンチ殺害する事は、大好物の葉巻を吸いながら
それを眺める程、最もリラックスできる楽しい時間であった事を、
この写真は示しています。

これは、死後の世界でも遠い昔の話でもなく

携帯用の小型カメラが世界中に販売されるようになった時代のリンチであり、
つい最近の出来事である事を、写真撮影という事実そのものが示しています。

 

一方、A家もB銀行も現在世界的に活躍する多国籍企業で、
多くの若者のあこがれの就職先であったり、
婚活女子にとっては結婚相手の理想の職業であったりするのです。

A家やB銀行を十把一絡げに否定するつもりはありません。

現代社会を維持する上でプラスの貢献ももちろんしていることでしょう。

とりわけ、そこに雇用されている社員とその家族、
安定的な取引先などは、A家やB銀行に感謝しているかもしれません。

またA家やB銀行のおかげで世界中に大量のゴムが安く提供され
市場経済や多くの人たちの生活の利便性に大きく貢献しているのかもしれません。


ですがその幸福を実現するために、
ノルマを達成できず手首を切断された黒人少年やその家族、
理不尽に虐殺された何百万のコンゴ人たちは
その幸福を見てどう思うのでしょうか?

私たちの幸福は、もしかしたら
見たことも会ったこともない人たち

人生の中で一度も省みたことのない人や動物たちの
計り知れない犠牲の上に成り立っているのかもしれません。

私たちは、ハンバーガーのなる木からハンバーガーを
とって食べているのではなく、

生きている牛を殺して、その肉を食べているのです。

見知らぬ他人を踏みつけにして
そのことを知ることも、知ろうとすることもなく
ひたすら自分の幸福を追求しているのです。

「私はいい人、正しい人」と堂々と主張することの
計り知れない欺瞞がここにあるのかもしれません。

もし死後の世界で彼らが私たちに逆襲してきたら
私たちは彼らを悪魔と呼ぶのでしょうか?

「私は悪くない。神が間違っている」と叫ぶのでしょうか?

それとも、自分だけは救ってくださいと、神に祈るのでしょうか?


たましいの本当の救いは「幽体」にあります。

他人を傷つけ、他人から受けた念で自らも傷つき
他人を傷つけた罪悪感と
他人に傷つけられた被害者意識のすべてが

私たちの幽体に霊的カルマとして刻まれています。

それが私たちがこの世界に生まれる原因になっているのです。

この世界に生きている限り、誰もが罪を背負っています。

そして自らの幽体に刻まれた霊的カルマを解消することこそが
私たちが他の何にも増して優先しなければならない課題なのです。

そのことが私たちの「たましいの救い」につながるからです。

契山館 では、
霊的カルマを解消するための
霊的修行法として「神伝禊法」をお伝えしています。

そして傷ついた幽体を修復するための
霊的修行法として「神伝鎮魂法」お伝えしています。

これらの修行法を通じて
まずあなた自身が救われていただきたいと思います。

そしてあなた自身が救われた暁には

あなたが傷つけてしまった人たちを救うためにも
この霊的修行法を広める活動に参加してください。

あなたが本当の自分に向き合う決意をする日を
高級霊魂とともに、契山館支部会員一同心よりお待ちしています。

『たましいの救い 』- 人は表面の心だけで生きてはいない (MyISBN - デザインエッグ社)

たましいの救い - 人は表面の心だけで生きてはいない (MyISBN - デザインエッグ社)