契山館 千葉分会ブログ

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キリスト

【投稿者:チビクロ】

かつてキリストを磔にした人たちは、
キリストのことを許すことができませんでした。

そして実際磔にしましたが、
当時はだれも疑問に思わなかったのかもしれません。

なぜなら当時の行政として当然のことが行われたに過ぎないからです。

社会を混乱させ皇帝の権威にたてついたのですから
他の罪人と一緒に磔にすることに何の違和感もなかったのでしょう。

当時の社会の「標準的な手続き」に従って、キリストを磔にしました。

2000年前のユダヤ教徒たちは、自分たちが間違った信仰をもっていて、
形骸化した儀式が宗教であると勘違いしている可能性を省みることなく、
自分たちを攻撃してくるイエス・キリストを敵とみなして
社会から排除しようとしたのかもしれません。

実際当時の社会から見れば、キリストは既存の社会を揺るがす
がん細胞のような働きをしているように見えたのかもしれません。

誰から見ても、キリストを排除することが
当たり前の正義のように見えたのです。

「ガン細胞」と「キリスト」

全く次元が違う話ですが、霊的なことが何も分からない
人間の心理の観点から言えば、さほど違いはなかったのかもしれません。

もし、人間がキリストを磔にしたことが
取り返しのつかない過ちであったとすれば

人間は、がん細胞(「がん細胞」の記事のリンク)を見つけたときにも、
それを攻撃して殺害する前に
自らの過ちを省みて、悔い改めることが必要なのかもしれません。

がん細胞に限った話ではありません。

嫌な人間、考えが対立する相手、不条理な上司、
無理解な家族、噂話が好きな近所のおばちゃん
さらにいえば、歴史的な犯罪を犯した人を見たときにも

相手を攻撃して糾弾する前に
自らの過ちを省みて、悔い改めることが必要なのかもしれません。

新約聖書の中で、イエスは次のように語られています。

「そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。
 『主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。』
エスは言われた。
 『あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。』
(マタイによる福音書十八章) 」

ここでイエスの語られた趣旨は、
実質的に無制限に相手を許しなさいということではないかと思います。

もしそれが、できないのであれば、
仮に目の前にキリストが現れたとしても、
再び磔にしてしまう可能性があるのではないでしょうか。

なぜなら、本物のキリストは、決して大衆や権威に迎合しないからです。

考えが違うどころではなく、違いすぎるからです。

どれくらい違うのか、知りたい方はこちらの本を読んでみてください。

『神体』: 偉大なる魂の生涯 (MyISBN - デザインエッグ社)

神体: 偉大なる魂の生涯

 

『二本足の霊魂』: 人間と霊魂の歴史 (MyISBN - デザインエッグ社)

二本足の霊魂: 人間と霊魂の歴史 (MyISBN - デザインエッグ社)

 

いずれの本も、キリスト(※)の視点から見た真実が語られています。

(※)水波霊魂学でいうキリストは、物質の世界にいながらも、神霊としての身体である『神体』をもった偉大な魂のことで、歴史上イエス、シャカ、クリシュナなどを含め6名いらっしゃるそうです。


これらの本で語られていることは
今までの自分の認識や見解、主義信条と違うころが多々あるかと思います。

そこで、少しだけ冷静になってみてほしいのです。

「自分の信条は本当に正しいのだろうか?」と。

無意識に反発して否定するのではなく、
いったん自分の信条をわきに置いて
キリストの言葉に耳を傾けてみてほしいのです。

そのときに心の奥で何か感じることがあれば
その心情を抑えつけるのではなく許してほしいのです。

契山館 では、
あなたの中に眠る
キリストへの愛を目覚めさせる活動をしています。

何かを感じられた方は、支部集会にお越しください。
おまちしています(^^)