契山館 千葉分会ブログ

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オニギリ事件と人間の不可解性

【投稿者:ヒカル】

(プライバシーを考慮して、少し設定を変更してます)

ある会議の後、幹部がこんな話を私にした。

「B社の社長はとても評判がよくないぞ。社員も結構、辞めているらしい。
 感情の起伏が激しいらしく、気分が良くないと、イライラを社員に
 ぶつけるんだってさ。
 聞いた話だと、ある社員にオニギリ3つ買って来させたけど
 『俺が食いたいオニギリが、入ってないじゃないか』
 と突然、怒鳴りつけて、オニギリを社員に投げつけたりしたらしいぞ。
 そういうことが日常茶飯事で、社員がどんどん辞めているんだってさ。
 うちの会社でそんな理不尽なことしたら、大問題だよなぁ。」

「・・・」

 

「えっ、うちの会社もたくさんそういうのありますよね」
と危うく言いそうになったが、寸前で止めた。

「人間って自分のことが見えないもの」なんだなとつくづく思った。

 人間とは何と不可解な存在であろう。

 ~~~

 
人間の不可解性については、現代の聖なる書『二本足の霊魂』を読むと、
非常に納得がいく。

『二本足の霊魂』: 人間と霊魂の歴史 (MyISBN - デザインエッグ社)

二本足の霊魂: 人間と霊魂の歴史 (MyISBN - デザインエッグ社)

「6.霊的カルマ」の章には、以下のように記されている。

「つまり、本当は物質界に生まれた何回かの人生の全ての記憶や感情、
 幽質界での全ての記憶や感情が意識の奥に潜在しているのであった。
 これが人間の意識の複雑さであり、大きさなのである。」

注)幽質界=死後、人間が進む霊的世界のこと。

 

また、
「物質界を生きれば誰でも食べ物を奪い合う。競争する。生き物を殺す。
 そうした人生の恨みや悲しみ、苦悩の集積が意識の奥に集積している。
 それが人間の意識の神秘なのである。」

人間は何回も地上に再生している。

 

あなたもそうである。

その過去世で受けたたくさんの苦悩とも言える負のものが、意識の奥に集積している。

そして、地上を生きている間に何らかの外的な刺激を受けて、
その過去世の負の感情が表面の意識に上って来ることがあるのである。

 

それは人生を暗くする方向へと導く力となる。

 (現代の聖なる書『幽体の悲劇』も是非、読んでいただきたい。)

『幽体の悲劇』: 人は幽体と共に生きている

Kindle版もあります

幽体の悲劇: 人は幽体と共に生きている

そもそも人間は不可解な存在であることが分かる。

この時間と空間に縛られた生活の中で、より複雑になってしまったのが
人間という存在のようだ。

契山館では人間についての真実を知ることができる。

ここまでブログをもし読んでいただけたなら、是非、契山館の門を叩いてほしい。