契山館 千葉分会ブログ

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男鹿のなまはげ

【投稿者:なおいー】

 

 

先日、「男鹿のなまはげ」等の来訪神と呼ばれる存在がが、
ユネスコ無形文化遺産に指定されたそうです。

今回は、それに関連するお話です。

 

来訪神とはいかなるものなのか、私にはよく分かりませんが、
少なくとも、《水波霊魂学》で定義される神が、
来訪されるわけではないことは間違いないでしょう。

私は、毎年大晦日に行われるという、伝統民俗行事としての「なまはげ」を
目にしたことはありませんが、「なまはげ柴灯(せど)まつり」という
まつりを訪れたことがあります。

このまつりに関しては、まつり紹介のHPから引用しますと、

>「なまはげ柴灯(せど)まつり」は、秋田県男鹿市北浦(おがし きたうら)の
 真山(しんざん)神社で行なわれる男鹿の冬を代表する冬祭りとして
 昭和39年に始まり、毎年2月の第二金・土・日の3日間開催されます。
 このまつりは、900年以上前から毎年1月3日に真山神社で行われている神事
 「柴灯祭(さいとうさい)」と、民俗行事「なまはげ」を組み合わせた
 冬の観光行事です。
 真山神社境内に焚き上げられた柴灯火のもとで繰り広げられる
 勇壮で迫力あるナマハゲの乱舞は見る人を魅了します。
 男鹿温泉郷の冬場の観光を盛り上げようと企画した「雪まつり」を(後略)<

となっています。

更に、「男鹿のなまはげ」については、

>「なまはげ」は男鹿に古くから伝わる民俗行事で、大晦日男鹿市内の約80の
 集落において行なわれています。
 なまはげは年に一度、各家々を巡り、悪事に訓戒を与え、災禍を祓い、
 祝福を与えて去っていきます。
 「怠け者はいねが、泣ぐ子はいねが」と練り歩く姿はよくご存知かと思います。
 この行事は昭和53年に「男鹿のナマハゲ」の名称で国の重要無形民俗文化財
 指定されています。<

と説明されています。

これらを読むと興味深いことが分かります。

それは、「なまはげ」は神事ではなく、伝統的な民俗行事と
位置付けられていることです。

それを、観光のために、「柴灯祭(さいとうさい)」という神事と結びつけて、
冬まつりとしたのが、「なまはげ柴灯(せど)まつり」だというのです。

元々の「なまはげ」に、どの程度の宗教色があったのかは分かりません。

ただ、昔の方々にとっては、宗教的な意識が、今より、ずっと身近で
日常的なものであったとすれば、「なまはげ」も、
宗教色が濃い行事であったのかもしれません。

それはもちろん、《霊魂学》を土台としたものではなかったとしても、
日常生活に密着した、素朴な信仰心の現れであり、無神論が蔓延している、
現代の風潮よりは、霊的には、はるかに良好な状況だったのかもしれません。

それが、時代が下り、人々から、素朴な信仰心が失われるのに従い、
なまはげ」から宗教色が薄れて、民俗行事としての部分が
残ったのでしょうか・・・。

いずれにしても、「なまはげ柴灯(せど)まつり」は、完全な観光行事で、
近隣のみならず、全国から観光ツアーも含め、観光客が押し寄せます。

その結果、会場の神社の境内は、自由な移動が困難な初詣状態です。

混雑した境内は、積雪があると大変滑り易く、転倒者が続出する場合もあって、
物理的にも大変危険です。

そのために、来年から境内への入山料を徴集して、
観光客を抑制するという話も耳にしました。

 

観光行事そのものを否定するつもりはありませんが、
観光行事と神事を安易に結び付け、神社の境内で、神事ではなく、
神事風の観光行事を行うというのは、霊的にはどうなのでしょうか・・・。

その時、その神社の境内の霊的状態は、どうなっているのでしょうか・・・。

その時に訪れた、参拝者ならぬ観光客の《幽体》は
どうなってしまうのでしょうか・・・。

想像するのも、言葉にするのも恐ろしいものがあります。

 

私は、帰宅後しばらくしてから、ご本部に《幽体》の状況を調査して頂きました。

その結果は、幽体の所々に性質の低い幽気が付着しているものの、
まだ悪影響は出ておらず、今のところ大きな問題はない、とのことでした。
 

私がこのまつりを訪れたのは、《契山館》に入会していたものの、
まだ本格的な《神伝の法》の霊的トレーニングを始める前でした。

それでも、この程度の影響で済んだのは、《契山館》の会員になっていたことと、
毎月欠かさず《支部集会・分会集会》に参加していたからだと思っています。

あれがもし、入会前だったらと思うと、ゾッとします。

付着した低い幽気は、放っておいてもしばらくは問題ない、とのことでしたが、
当時はまだ《水の禊》が出来なかったので、霊術で除去して頂きました。

 

現代の劣悪な霊的環境を考えると、性質の低い幽気はそこら中にあふれていて、
接触しない日はないのかもしれません。

ですから、私の《幽体》に付着していたものが、
なまはげ柴灯(せど)まつり」で付着したのかどうかは不明です。

 

とにかく、このような霊的環境が悪化した時代であるからこそ、もちろん、
自由意思によってですが、一人でも多くの方に《契山館》の会員になり、
支部集会・分会集会》に定期的に参加して頂きたいと願わざるを得ません。

その上で、是非とも、本格的な《神伝の法》の霊的トレーニングを行っていく機会を
持って頂きたいと願うばかりです。

 

あなた様のご決断が、あなた様ご自身を救い、あなた様の愛する皆様を救い、
全ての人類を救うことにも繋がるのです。

 この世においても、死後の世界においても、真の意味で幸福になるためには、
《神伝の法》で《幽体》を鍛えるしかないのですから。