契山館 千葉分会ブログ

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生贄

【投稿者:ひふみ】

世界の宗教を見ていくと、主に民間信仰で、
生贄を必要とする儀式を行うものがいくつかあります。

日本でも、宗教儀式ではなくても、人柱などの人身御供が昔あった、
などと言い伝えられている土地もあります。

度重なる天災や自然災害に対し、荒ぶる神を鎮めようとして行われたのでしょうか。

中には、生贄に選ばれることがとても名誉なこととされていた
ところもあるようです。

生贄を差し出すことで信仰心の強さを試された、という側面もあるのでしょう。

でも、現代ではもちろん、儀式よりも人の命が大切とされますから
人間を生贄とする儀式は姿を消し、
代わりに動物が生贄として使われるようです。

宗教の祭りで、動物が殺されることもあります。

また、生きた動物ではなく、スーパーで売っている肉を捧げるように
変化しつつある宗教もあるようです。

 

昔々は、神を真剣に思って、生贄を捧げ、
自ら生贄にもなったのでしょうが
霊的には一体どうだったのでしょうか。

神霊や高級霊魂方は、生贄を捧げられることをどう見ていたのでしょうか。

生贄になった人や動物は皆、死後、幽質界の高級な世界へ行けたのでしょうか。

もし、単に人間の欲望や願いを叶えてもらうための儀式であり、生贄であったなら
そこには邪霊が関与していたかもしれません。

 

民間信仰の中には、宗教儀式に使うために子供や若い女性を誘拐したり、
ある身体特徴のある人達を襲い、その肉体の一部分を切り取り、
儀式の道具として使用するところもあります。

更には、生贄を捧げるのは、伝統文化だと主張する人もいるようです。

 

信仰や伝統文化のために犯罪を犯し、
殺された人やその家族から恨みを買うのではなく、

神霊や高級霊魂方に対する真剣な気持ちや、
真摯に自分と向き合う姿勢が大切なはずだと思うのですが。

 

もし、水波霊魂学が世界中に広まったら、
生贄を捧げることに対して、見方が変わるのでは?と思います。

世界では、信仰がらみや儀式のために人がさらわれる事件が
起こっていることを知り、
まずは、霊的な真実を知って欲しい、水波霊魂学を学んで欲しいと、
切に思いました。

 

日本は平和な国です。

この平和に安穏とせず、水波霊魂学を発信していかないといけません。