契山館 千葉分会ブログ

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宗教とは弱い人が縋るもの?

 

 

【投稿者:なおいー】 

宗教のことを弱い人が縋(すが)るものであると、お考えの方もおられるそうです。

《契山館》は宗教法人ではありませんが、
《神霊》や《高貴な霊魂》の方々などを信仰し、《水波霊魂学》を学び、
《神伝の法》の《霊的トレーニング》を行うのですから、
宗教的な活動をしている団体だと言えましょう。

宗教にも様々な団体があり、それぞれが活動されているわけで、
宗教とは何かと定義することは、簡単ではないと思います。

しかし、私にとっての宗教とは、
神仏や高級な霊的存在への礼と敬意、信仰心を重視し、
正しい霊的な知識を学びながら、人間を霊的に進歩・向上させるための
霊的な修行が行える所だと言えます。

私にとっては、それが正に《契山館》であったわけです。

 

私にとっての宗教は、利己的な願い事を気まぐれに叶えてくれたり、
自ら霊的な修行をしない人を、縋って祈れば幸せにしてくれるような、
都合の良い場所ではないのです。

なぜならば、利己的な願い事を叶える存在や、
祈れば幸せにしてくれるような存在に対して、私は高級な霊的存在であると
敬意を表することは出来ないからです。

そのような存在が、とても私達の真の幸福、すなわち霊的な進歩・向上を
第一に考えているとは思えないからです。

そのような存在は、むしろ私達の霊的な進歩・向上を阻み、
私達を不幸にしようとしている存在である可能性すらあります。

 

また、弱い人、強い人というのも、何を基準にして分けるのでしょうか?

極めて抽象的で分かりにくい区分だと思います。

 

例えば、男性と女性では、どちらが強く、どちらが弱いのでしょうか?

おそらく、あらゆる面で強い人も、あらゆる面で弱い人も
存在しないのではないでしょうか?

誰にでも、強い面と弱い面があるものですし、
強気になることも弱気になることもあるのが、人間というものだと私は思います。

 

さらに、宗教を信じる人が弱いのかどうかを考察するには、
人間そのものに対する考察が必要だと思います。

弱い人が宗教に頼る、といった表現には、どうも弱い人は存在するはずもない、
空想上の神仏に縋る、というようニュアンスが感じ取れます。

強い人は、ありもしない空想になど頼らずとも、
自力で生きていけるということなのかもしれません。

 

確かに、私達のイメージする神仏は空想上の存在かもしれません。

しかしそれは、神仏が人間にとっては、あまりにも偉大で遠い存在であるが故に、
その実像が全く把握出来ないからかもしれないのです。

すなわち、人間のイメージする神仏が空想上の存在であったとしても、
それをもって、《死後の世界》や《霊魂》、
さらには高級、高貴な《霊魂》の方々や《神霊》が存在しない、
ということにはならない、と私は思います。

 

残念ながら、《死後の世界》や《霊魂》など存在しない、と主張される方に対して、
それらが存在すると証明することは出来ません。

しかしその逆に、それらが存在すると主張している私達に、
それらが存在しないと証明することが出来る方も、おられないのです。

 

少々、まとまりのない内容になりましたが、以上のように、宗教と言っても様々です。

強い弱いも様々です。

また、人間が物質のみの存在なのか、本質的には霊的存在なのかについても、
どちらとも証明されてはいません。

そのような状況下で、宗教を信じるから弱い、とか強い者には宗教は要らない、
などと安易に断ずるべきではないと私は思います。

 

私自身のことを申し上げれば、私は自身のことを強いと思ったことは、
一度もありません。

人間とは弱いものだと思っています。

もしかしたら、そのお陰で《契山館》と出会うことが出来たのかもしれません。

ですから、ある意味では弱くて良かったとも思っています。

 

もし、死というものが、興味のある方だけに訪れる、
趣味の世界のことであるならば、どうでも良いことです。

しかし、死は誰にでも等しく訪れるものです。

死は他人事ではないのです。

 

ですから、このブログをお読みの方の中に、
宗教は弱い人が縋るものだから、自分には関係ないと思っておられる方がいらしたら、本当にそうなのか、一度、ご自分と向き合ってみて下さい。

 

死とは何なのか?
死んだらどうなるのか?
死後の世界はあるのか?
霊魂は存在するのか?
等々、全くご興味がありませんか?お知りになりたくありませんか?

それらの答えは、全て《契山館》の中にあります。

その上、死後の世界で苦しむことがないように行う、
霊的に進歩・向上するためのトレーニング法まであります。

 

本当に《死後の世界》や《霊魂》は存在しないとの確信がおありですか?

 

もし、少しでも、それらが存在するかもしれないと思われるなら、
一度、《契山館》へお越し下さい。

そして出来れば、《水波霊魂学》を学び、
《神伝の法》の霊的トレーニングを行ってみて下さい。

結論を出されるのは、それからでも遅くはないと思います。

 

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