契山館 千葉分会ブログ

このブログの内容は、契山館の公式な見解ではありません。会員の理解の範囲内で自由に書かれたものであり、誹謗中傷や誤解を招く場合を除き、千葉分会は干渉しておりません。

何かおかしな予兆

【投稿者:ヒカル】

〜プラバシーを考慮して設定を変更しています〜

 

外出先から会社に戻ると、いきなり嫌なニュースが飛び込んできた。

「業者に送らなけらばいけないリスト、まだ幹部は送ってないようですよ」

事務の女性社員が私に言う。

 

休みに入る前に絶対送るようにとあれ程、幹部にお願いしていたのに、
それでも忘れて出張に行ってしまう。

至急事なので電話をしたが出ないし、メールをしても返信は一向に来ない。

少し変だ。

しびれを切らした業者から連絡があり、
期日の発送が間に合わないと言われてしまう。

仕方あるまい。幹部の責任だ。

と思っていたら今度は別の会社から電話が入る。

「こないだ送ってもらった見積書だけど、全然話していたのと、
 金額が違うじゃないか?今からファクスで送るから、
 至急、幹部に確認してくれ」

電話に出た女性社員は、相手に高圧的にこう言われたようだ。

 

それから数分後、ファクスで見積書が送られてきて、
女性社員が確認したところ、やはり金額が全然違ったらしい。

幹部が作成した見積書だ。

結局、幹部は本日不在なのだから、先方が急いでいても、
来週以降の対応となってしまう。

 

それにしても変だ。

出来上がってきた新刊書籍が私の机の上に置かれていて、
ページをめくってみれば、いきなり幹部の挨拶文が載っている。

何か変なことが続いているから、
嫌な予感と共に文章に目を通したら、やっぱり予感が的中した。

誤字脱字が多いのはもちろんのこと、文書になっていない箇所がある。

誰かに校正をしてもらったのだろうか?

 

3ヶ月前を振り返ると、なんだかイライラ、ソワソワしながら幹部は
文書を作成していたように見えたから、
きっとしっかり確認することなく、文章を慌てて入稿したのだろう。

 

ある社員に向かって
「お前の文章はなってない」とか言っているのを聞いたことがあったし、

私だって企画書を丸めて投げ返されたことがある。

当の本人が書いた文章がこれだとすると、少しぞっとした。

 

やっぱり変だ。

何か空回り・・・地に足がついていない。

 

何かあると思った私は、夏目漱石の「私の個人主義」に
書かれていたことを頭に思い浮かべていた。

「個人の幸福の基礎となるべき個人主義は、
 個人の自由がその内容になっているには相違ありませんが、
 各人の自由を享有するその自由というものは
 国家の安危に従って、寒暖計のように上がったり下がったりするのです」

「国家が危うくなれば個人の自由が狭められ、国家が泰平の時には
 個人の自由が膨張してくる、それが当然の話です」

 

人材の危機に瀕しているうちの会社を国家に例えれば、

会社の安寧の時期が過ぎ去って、ますます社員は業務という
足枷によって自由を奪われていくかのうように思えてしまう。

こう考えてしまうと、物質界は苦悩ばかりで嫌になる一方だし、

霊的世界での自由を夢見てしまう自分がいる。

 

「二本足の霊魂」: 人間と霊魂の歴史 (MyISBN - デザインエッグ社)

f:id:kzkct:20190426220212g:plain

 

 

「龍」: 霊魂の世界から舞い降りた霊力

f:id:kzkct:20190427124340g:plain